FAZER LOGIN「一ノ瀬様」不意に声を掛けられて振り向く。そこに立っていたのは一人のメイド。「何?」そう聞くとそのメイドが言う。「一ノ瀬瑛理香様でお間違いありませんか?」そう聞かれて私は急いで言う。「えぇ、そうよ!」そう言ってまた視線を車から降りて来る人物に戻す。車から降りて来た人物は九条征哉に手を引かれ、お屋敷に入るところだった。(顔を見逃したじゃない!)そう思いながら私はメイドに振り向く。「何の用なの?」そう聞くとそのメイドが言う。「執事の岩本がお呼びでございます」そう言われてイライラしながら私はそのメイドに向き合う。「岩本が呼んでいるの?」そう言いながら私が建物の角から出て、正面玄関へ向かおうとすると、メイドが言う。「あの、そちらではございません」そう言われて翔太と一緒に振り向く。「は?」聞き返すとそのメイドが言う。「一ノ瀬瑛理香様には裏口から入るように、と」翔太と顔を見合わせる。「裏口からですって?」(正面玄関から入る事も許されないという事!?)信じられなかった。正面玄関の前に車を停める事も許されず、お屋敷にの中に入るのにも、玄関からではなく裏口から入れと言われて、どうして私がこんな扱いを受けないといけないのか、分からなかった。「どうして裏口なの?」イライラしながらそう聞くとそのメイドは困ったような顔をして言う。「私には分かりません。執事の岩本がそう言っていました」翔太を顔を見合わせる。「翔太、どうすべき?」そう聞くと翔太が少し考える。「言う事を聞いておくべきなんじゃないか?」翔太はそう言って苦笑し、私に耳打ちする。「まぁ、大物はわざわざ正面から入らない、なんて事も良くあるだろう?」そう言われて私も考える。「確かにそうね……」それでも正面玄関から堂々と入って行った九条征哉と連れの女性の事が気になる。「中に入れば、顔を合わせる事も出来るわよね……」私はそう呟いて、メイドに言う。「分かったわ」メイドに引き連れられて歩きながら、私は翔太に聞く。「九条征哉と一緒に来ていた女性を見た?」聞くと翔太が首を振る。「いや、見てない」そう言われながら私はあの後姿を思い出す。似ていた……お姉様に。本当にお姉様が生きていたと言うの……?◇◇◇九条征哉に手を引かれ、七倉のお屋敷に入る。「九条様、美
九条征哉の口から出た計画に私は少し笑う。「そんな計画が?」そう聞くと九条征哉が微笑む。「美織にとって、最高の舞台を用意する為さ」九条征哉はそう言って私の頬に触れる。「九条様、美織様」四季凪暁斗が私たちを真っ直ぐに見て微笑む。「僕で良ければ協力させてください」四季凪暁斗はそう言ってベッドから足を下す。「動けるのか?」そう聞く九条征哉に四季凪暁斗が笑う。「治療は進めないといけませんが、体の方は大丈夫です」そう言われて九条征哉は四季凪暁斗を見て言う。「結構、ならば着替えを」◇◇◇ロイゼンデリア国際医療センターを出る。「この後は七倉のお爺様の元へ?」そう聞くとスマホを操作していた九条征哉がふっと笑う。「あぁ、七倉のお爺様の元へ行く……が、その時に面白いものが見られるかもしれないぞ」そう言われて聞く。「面白いもの?」そう聞き返すと九条征哉が含み笑いで言う。「行けば分かる」私たちの後ろの車には四季凪暁斗が乗っている。「四季凪暁斗も連れて行くのは意味があるから、なのよね?」そう聞くと九条征哉が頷く。「そうだ」九条征哉はほんの少し後ろを振り返り、言う。「計画の概要はさっき話した通りだ。四季凪暁斗には花を添えて貰う」◇◇◇七倉のお屋敷前に到着する。私の隣には何故か翔太も一緒に居る。「私がアポイントを取ったんだから、口挟まないでね」私はそう言いながら翔太を見る。翔太は私に微笑み言う。「分かってるよ」私はウィンドウを下げて、門扉に居る人間に言う。「一ノ瀬瑛理香よ、正午にアポイントがあるわ」そう言うと門扉の人間が何かを確認した後、門扉が開いた。車が進む。大きく広大な庭が広がっている。「すごい……」正面玄関へ回るだけで、こんなにも広い敷地を使うなんて。正面玄関へ車を止めると、中から岩本が出て来る。(お出迎えね)私はそう思って車を降りる為に身構えた。けれど一向に扉が開かない。(執事である岩本が扉を開けるんじゃないの?)そう思って待っていたけれど、扉は開かない。その時、岩本が運転席の窓をコンコンと叩く。運転手が窓を開けると、岩本が言う。「一ノ瀬瑛理香様、お車はここではなく、裏へ」そう言われて私はギョッとする。「裏!? 何故、裏なの?」私がそう聞くと岩本は口元にほんの少しの笑みを浮かべて言う。「こちらの
ロイゼンデリア国際医療センターに到着する。中に入り、特別病棟に行く。「子供はこの奥だ」九条征哉がそう言う。かなりの数の人間がその一室の為だけに配置されている。それを見るだけで九条征哉の本気度が分かる。保育器の中の我が子と対面し、腕に抱く。まだまだ小さい我が子だけれど、しっかりと元気だ。「名前、付けないといけないな」そう言われて私は九条征哉を見上げる。「そうね」我が子の名前を考える事が出来るなんて、思いもしなかった。「征哉、あなたのお陰よ」私がそう言うと九条征哉が微笑む。「自分の家族を守っただけだ」家族……そう言われて私は涙ぐむ。そうだ、家族はそういうものなのだ。けれど私の知っている家族はそんな温かいものでは無かった。血の繋がらない母、血の繋がらない妹、冷たい父、そして私を裏切った婚約者……。全員が冷酷にも私を葬り去ったのだ。腕の中の赤ちゃんは必死に私の指を握っている、その小さい手で。本当ならもう少し長く私のお腹の中で育つ筈だった小さな命……。絶対に許さない。◇◇◇何とか繋がった紙片。見にくいけれど、番号は見える。その番号を押す。呼び出し音が鳴り、相手が出る。『はい、岩本です』名刺に書かれている名前だ。七倉家の執事の名前。私は嬉々として言う。「私よ、一ノ瀬瑛理香」そう言うと電話の向こうで、何か笑ったような声がした。『一ノ瀬瑛理香様、何か御用でしょうか』そう聞かれて私は言う。「七倉家のご当主様にご挨拶したいの、アポイントをお願い」そう言うと電話の向こうで岩本が言う。『お待ちください』そのまま私は電話口で待たされる。(きっと今、ご当主様に確認しているのよね)期待が膨らむ。(あのホワイトファングはまだ七倉家にあるのかしら……)そう考えるだけで楽しい。(もしまだ七倉家にあのホワイトファングがあるなら、ほんの少しで良いから見せて貰えないかしら……胸に付ける事が出来れば最高に嬉しいけれど。私は義理とはいえ孫娘なんだから、もしかしたらホワイトファングやそれ以上のものを頂けるかもしれないわ……)そんな事を考えていると、電話口に岩本が戻って来る。『お待たせ致しました、ご当主様は本日、お会いになるそうです』そう言われて胸が高鳴る。『本日、正午にお屋敷へお越しください。時間厳守でお願い致します』そう言われて
翌朝、目覚めると隣には九条征哉が座っている。「おはよう」そう言われて私は九条征哉を見上げて微笑む。「おはよう」そう言って座っている九条征哉に抱き着くようにして、九条征哉の太ももを枕にする。それを見ていた九条征哉が笑い出す。「ん? なぁに?」私が寝ぼけ声でそう聞くと九条征哉が楽しそうに言う。「世界広しといえど、俺を枕にするのは美織、お前ぐらいだな」そう言われて私は九条征哉を見上げて言う。「嫌なら退かせば良い……そうされれば私はもう二度とあなたに近付かないわ」九条征哉は私の頭を撫でながら愛おしそうに私を見て言う。「美織は何をしても良いさ、俺から離れる事以外なら、な」まさかあの九条征哉がこんなに甘いセリフを吐くなんて、誰が想像出来るだろうか。「早速、一ノ瀬の人間が動き出したようだぞ?」そう九条征哉に言われて私は笑う。「誰が何をしているの?」そう聞くと九条征哉が言う。「一ノ瀬恭介は及川に九条家を調べるよう指示を出し、一ノ瀬華瑛はあの小部屋から骨壺を一つ取り出し、その処理を部下の木崎にさせているそうだ」衝撃の事実だった事だろう。まさか私が生きているなんて、露ほども考えなかっただろうから。「皆、私が本当に生きているのかどうかを、必死で探るんでしょうね」そう言うと九条征哉が笑う。「こちらから動いても構わないが、それじゃあ面白くないからな」そう言いながら何かを考えている九条征哉がクスッと笑う。「何か思い付いた?」そう聞くと九条征哉が言う。「あぁ、七倉のお爺様と四季凪暁斗にご協力をお願いしよう」九条征哉はそう言って微笑むと、私から視線を離し、言う。「朝食を持って来い」ベッドに運ばれた朝食をゆっくりと食べ、その間、九条征哉は片手間に仕事をこなしている。(この人はいつ寝ているのかしら)そう思ってしまう程、九条征哉の寝ている所をまだ私は見た事が無かった。◇◇◇出かける支度が整う。「行けるか?」九条征哉にそう聞かれて私は頷く。「えぇ」九条征哉は私の手を取り、車へとエスコートする。今日はロイゼンデリア国際医療センターへ行く事にした。可愛い我が子と会う為、そして四季凪暁斗に会う為だ。それが済んだら、次は七倉のお爺様の元へ行く。「何を企んでいるの?」車中で私がそう聞くと九条征哉は私の頭を撫でながら微笑む。「行け
死んだ筈の娘が生きている……。その衝撃は計り知れなかった。手が震えている。書斎に逃げ込むように入り、息を整える。一緒に帰って来ていた及川に言う。「及川、美緒が生きている……しかも九条征哉と共に居る……調べてくれないか」そう言うと及川は何も言わずに一礼して書斎を出て行く。高橋翔太が美緒の写真を持っていた事は何となく予想はしていた。そしてやっぱり思っていた通り、高橋翔太は美緒の写真を持っていた。私の書斎から盗み出した美緒の写真……。たった一枚しか残っていない美緒の写真。家族写真を撮る時も、それ以外で写真を撮る時も、美緒はそこから外されて来た。華瑛が良い顔をしなかったからだ。いつしか、美緒は家族で集まる時に顔を出さなくなった。離れで静かに過ごしている事が多かった。あの施設の爆発は後に調べさせたところによると、施設のガス設備が老朽化していた事が原因と聞いていたが。だが私はずっと心の奥底で感じていたのだ。あの爆発は誰かに仕組まれたものだ、と。今日、桐ケ谷朋美がもたらした情報を聞き、その間、華瑛は私の前では表情一つ変えなかった。義理とはいえ、娘である美緒があの爆発を生き延びたというのに。だが見方を変えれば……。仮にあの施設の爆発を仕組んだのが華瑛だと仮定すれば、美緒が死んでいないという事は、目的を果たしていない、という事でもある。……待ってくれ。じゃあ、美緒が身籠っていた子供は?私はハッとして踵を返し、応接間に戻る。桐ケ谷朋美が出会ったという美緒に似ている女が仮に美緒だとしたら。あの嵐の夜に私は確かに九条征哉と美緒のあられもない証拠写真を見せられたのだ。という事はお腹の中の子供は九条征哉の子供、という事になる。早足で歩きながら私は心臓の鼓動がどんどんと早くなっていくのを感じる。妊娠時期は瑛理香とほぼ同じ……という事は美緒のお腹の中に居る子供が無事なら、美緒も瑛理香と同様に、お腹が大きかった筈だ。応接間に入る。振り返ったのは応接間を片付けているメイドだけだった。「桐ケ谷朋美は?」そう聞くとメイドが言う。「お帰りになられました」◇◇◇追いすがる瑛理香を振り切って、俺は自分の屋敷に帰る。「お? 帰って来たな、役立たず」俺に向かってそう言って来たのは俺の兄だ。「何だよ、そんなに慌てて。また何かやらかしたのか?」笑ながらそう聞く兄
写真に写る女性……紛れも無く九条征哉と一緒に居た女性だった。私は一ノ瀬恭介を見上げて言う。「間違い無いですね、彼女が九条征哉と一緒に居た女性です」そう言いながら写真を返す。一ノ瀬恭介は私にそう言われて写真を受け取ると、踵を返して無言で応接間を出て行く。その写真をもったまま。(あれはどういう感情? 衝撃を受けたの? それとも……)そう思いながら振り返る。私の背後ではわなわなと震えている面々が居た。一ノ瀬瑛理香は顔を真っ青にしているし、高橋翔太も顔面蒼白、一ノ瀬華瑛に至ってはその顔が般若のように歪んでいる。(何なの? 一ノ瀬家長女はこんなにも疎まれていたの?)これだけの人間が一人の人間に恨みや憎しみを持つなんて、一ノ瀬美緒という女がどれだけの悪女なのか、とそう一瞬考えたけれど。どうもおかしい。「嘘……嘘よね……?」一ノ瀬瑛理香がそう呟く。近くに居た高橋翔太に縋りつき、一ノ瀬瑛理香が喚き出す。「嘘よね? お姉様は死んだのよね? だって遺体だってあったし……あの爆発で死なないなんて無いわよね?」矢継ぎ早にそう言って、婚約者である高橋翔太に縋っている。「ねぇ! 翔太!」一ノ瀬瑛理香のキンキンとした声が耳を切り裂く。(本当にうるさい女ね)私はそう思いながらただ黙って成り行きを見守る事にした。(だってその方が情報が入って来るもの)「美緒は、死んだ……遺体も見た……」そう呟いた高橋翔太の顔が変わって行く。呆然とした顔から怒りが浸透していくのが手の取るように分かるほどの表情の変化だ。「美緒が生きている……? じゃあどうして俺のところに来ない……? 美緒に優しくしてやってたのは俺だけだった筈だろう……?」そう呟くのを聞いた一ノ瀬瑛理香が高橋翔太を見上げている。「お姉様に優しくしたの? いつ? あなたは最初から私の事が好きだったんでしょう?」痴話喧嘩が始まりそうで、辟易する。一ノ瀬華瑛はさっきまで般若のような顔をしていたけれど、今はもう無表情になっている。(このオバサンが一番、感情が見えないわね……口も堅いし……)そう思っていると、一ノ瀬華瑛がスッと立ち上がり、私の前まで来ると聞く。「本当に九条征哉と一緒に居たのが、一ノ瀬美緒なのね?」念を押すようにそう聞かれて私は一ノ瀬華瑛を真っ直ぐ見ながら言う。「えぇ、間違いありません。
及川との通話を切る。軽く溜息をつき、私は私の夫の元へ向かう。入るなと命じられている部屋に近付く。中からは嗚咽が聞こえる。私は静かに扉を開け、中に入る。部屋に入って来た私を見て、私の夫は視線を伏せる。私は夫に近付き、その肩を抱く。「火事は事故だったのよ……」慈愛を込めた声を装い、そう言う。「あの子の葬儀はもう手配しました。だから安心して、あなた」肩を抱いた私の手を握る、私の夫は泣き崩れている。「すまん……」夫はそう呟くように言って、肩を揺らす。私はそんな可哀想な夫を見つめながら、ほんの少し微笑む。部屋を出て、扉を閉めて。笑みが零れるのを我慢出来なかった。誰にも聞こえない声で
目の前で。オレンジの炎が燃え盛っている。夜空に映える炎のオレンジ色はその触手を天に伸ばし、更に炎自身が燃えるものを探している。炎の触手の先からは黒煙が立ち上り、夜空の星を覆い隠す。私を閉じ込めて、絶望の淵へ追いやった療養所という“檻”は、今はもう燃えながら歪み、崩れ落ち、灰と化して行く。「お嬢様」及川が私の横に立つ。「今この瞬間からお嬢様は灰になりました。もう一ノ瀬家の令嬢ではございません」全ては燃えて灰になった……私と一ノ瀬家の縁も、そして未練も全て燃えて灰になったのだ。思い出されるのは幼い頃の記憶――お母様が生きていた頃は……私もお父様に確実に愛されていた。お母様とお父様
及川は私を見つめ、頷く。「お嬢様、生き延びてください。それもあなたのお母様の最後の願いなのですから」そう言われて私はポロポロ落ちる涙を拭い、聞く。「私は、何をすれば?」及川が簡潔に言う。「時間がありません。今すぐにお嬢様のお召しになっている服とネックレスを外して頂けますか」及川はそう言って自分の足元にある遺体袋を見る。「この遺体にお嬢様の服を着せ、ネックレスをつけさせます。そうすればお嬢様は死んだ事になり、万が一にも生きている事が知られたとしても、その時にはお嬢様はここから遠い地へ離れている事でしょう」及川は私に紙袋を渡す。「着替えは中に」その紙袋を受け取る。漆黒のワン
目が覚める……。チカチカと視界が霞む。寝かされている場所は……色味の無い部屋……? (ここは……どこ……?)(昨日のあれは……夢だった……?)微かな希望だった。昨日の夜の事は私を襲った悪夢、そう思いたかった。けれど。







